The History Of Virgin Steele

HISTORY U

Emperor Of The Epic Metal


virgin steele

「大胆かつ大仰で、堂々とし、壮大なものこそがヘビィメタルだ。そして、尊大であり、シンフォニックであり、現実とは異なる世界へと連れて行ってくれる……。それが俺たちにとっての真のへビィメタルなんだ」

David DeFeis from Virgin Steele

確かに私達は、現代の時代で古代ギリシアの悲劇を繰り返すかもしれない。しかし、古代ギリシアで誕生した知識や芸術が再び今、蘇るかもしれない。全ては私達次第だ。


Act 2:エピックメタルの帝王

 前作『Life Among the Ruins』(1993)の発表からおよそ1年しか経過していないにも関わらず、彼らは新たなアルバムを1994年に発表した。アルバムの名は『The Marriage of Heaven & Hell Pt. T』。この作品こそヴァージンスティールが突如として激変した至高の名盤だった。本作の発表はヘヴィメタルのファンに大きな波紋を生み、このアルバムがヨーロッパのファンに広く認められたことで、エピックメタルは、初めて世界的に市民権を得た。エピックメタルの歴史が変わったのだ。この作品が発表されていなければ、世界中でエピックメタルが認知されるのが遅くなったことは愚か、日本に"エピックメタル"などという分野すら知れ渡っていなかったことは間違いない。後に三作続くこの作品は「マリッジ三部作」と題された。エピックメタルの歴史にその名を刻む、最初の叙事詩的な長編作品である。デヴィッド・ディフェイが求めた、究極のエピックメタルがこのアルバムには存在していた。この三部作こそが、エピックメタルファンが求め続けたエピックメタルの理想形であることは間違いなかった。人種問題、宗教問題、戦争にテーマを置き、まるで史実のような重厚感を持つ本作は、これまでの彼らからは想像もつかない程壮大な作品となった。加えて、ヴァージンスティールの唯一無二の個性だった、ロマンティシズムと野蛮さが極限まで高められた作品の内容は絶品だった。なお且つ、劇的極まりない西洋の歌劇のような曲展開を有し、芸術的な古典的交響曲の要素を併せ持つという、筆舌に尽くしきれない濃厚な内容となっていた。神々しいこの作品のテーマメロディ──それは最初の名曲"I Will Come for You"と最後の"The Marriage of Heaven and Hell"というインストゥルメンタルに導入された──は、輪廻転生という壮大な旋律の顕現であり、それは、エピックメタルという分野を超えて、私達の根本的な精神に訴えかける神秘的な力を持っていた。恰も遥か昔に古代のギリシアやローマで息づいていた芸術的な歓喜が、悠久の過去から舞い戻ってきたような感覚だった。 続く第7作『The Marriage of Heaven & Hell, Pt. U』は、1995年に発表され、これまでのヴァージンスティールの歴史における最高傑作となった。傑作であった前作を軽く凌駕する本作の完成度には、万人が度肝を抜かれた。まさにこれぞ、デヴィッド・ディフェイという天武の芸術家の才能の爆発だった。人類にとっての究極的なテーマである輪廻転生、そして、強き人間の肉体と精神、天国と地獄の和解といった壮大極まりない一大叙事詩ともいうべき前代未聞の内容を、神々の殿堂の如く重厚に奉納する本作によって、私たちは、彼らの掲げる「Barbaric and Romantic(野蛮でロマンティック)」なエピックメタルの真価を知ることとなった。 本作は、恰も悠久の太古のギリシアの神々と英雄たちの世界へと誘うかのような激烈な警笛──その勇壮さは"Symphony of Steele"の冒頭に見事に表現された──によって、ヴァージンスティールにしか作り得ない神秘的で独創的な鋼鉄の叙事詩的世界観を描くことに成功した。プリミティヴ(原始的)な勇壮さと古代ギリシャ/ローマを想起させる荘厳かつ神々しい旋律のアラヴェスクは、彼らにとって史上最高ともいうべき驚異的な名曲を産み落とさせた。 それが8曲目の"Emalaith"だった。9分もの大作であるこの楽曲は、余りにも神々しく神秘的な神々、人間の幻想的な戦いが描かれており、究極とも言える魂の興奮を感じさせた。タイトルの「エマレイス」という名前は、この壮大な叙事詩におけるヒロインの名であり、彼女ともう一人の戦士「エンディアモン」は転生を繰り返し、700年間もの間、神と闘争するのである。中間部の輪廻転生ともいえるシンフォニーは、この世のものとは思えない程美しい恍惚と官能の世界を描いていたのである。マリッジ最終作である第8作『Invictus』においては、エピカルなヘヴィメタルの史上最高傑作とまで言われた。歴史的名作である前作をも凌駕するヒロイズムとロマンティシズムを持ってして、彼らはもはやマノウォーと並ぶエピックメタル界の王座に到達したといっても過言ではなかった。特に、古典古代(ギリシャ、ローマ)を思わせる荘厳極まりないシンフォニーの多用は、映画のような重厚感と神話のような深淵な世界を見事に表現するに至った。 メタルサウンドにおいても、バーバリックかつ劇的なリフの容赦のない構築はずば抜けていた。凄まじいまでのメタリックなリフの嵐は、神聖で神々しいシンフォニーと完全なまでに融合して、ここにきて彼らの"エピックメタル"が真に完成したことを物語っている。中でも最後の10分に及ぶ大作"Veni, Vidi, Veci"(カエサルの「来た、見た、勝った」という言葉である)は、古代ローマの優雅なロマンティシズムを極限まで感ずることができる不屈の名曲である。アルバムタイトルに込められた「不屈」という言葉は、ストーリーアルバムでもある本作の重要なメッセージだった。ディフェイが叙事詩的なヘヴィメタルを通して私たちに伝えたかったのは、何物にも屈しない不屈の意志や人間の根底にある強き精神に通じる。前作にも登場する男女エンディアモンとエマレイスの神々との抗争を描く本編は、思想的、人類学的にも核に及ぶテーマが込められ、また真実を物語っていた。ディフェイは神話の世界を舞台とし〈古き世界〉と〈新しき世界〉の対立を描いた。それは現代でキリスト教と古代信仰の対立に置き換えることもできる。そして輪廻転生というテーマが導き出す答えは、私達の最も奥深い場所で永遠に眠りについているのである。かくして、ヴァージンスティールはエピックメタルの帝王と称された。 もうヴァージンスティールの活動が過去の惨劇のように鈍ることはなくなった。その後も彼らは精力的に活動を続け、1999年には第9作『The House of Atreus, Act I』を発表。これまで楽曲に表現されてきた古代ギリシアの世界を本格的に表現した本作は、続く2000年発表の第10作『The House of Atreus, Act U』と並び「アトレウス二部作」と名付けられた。この徹底した芸術指向の作品では、完成したヴァージンスティールのエピックメタルを更なる次元に推し進める試みが成されており、それらは悲劇的な物語と相まって見事に成功した。歌劇一家に育ったデヴィッドならではの、壮大かつ雄大で、野蛮かつロマンティックな一大オペラが完成したのである。栄光の「アトレウス二部作」もエピックメタルの歴史に名を残し、古代ギリシャの芸術を見事に現代に復興させたのである。更なる情熱をエピックメタルに注ぎ続け、彼らは2006年に第11作『Visions of Eden』を発表するに至った。前作から約6年ぶりのアルバムにファンは狂喜したが、それ以上にこの作品は、創世記の時代を舞台にした驚愕の「バーバリック&ロマンティック」オペラであり、アルバムの完成度、充実、世界観の全てが叙事詩そのものといえる作品となっていた。作品は「リリス・プロジェクト」と題された(リリスとは神に反逆した女性の名である)。ヴァージンスティールが古代ギリシアやローマの世界の先に見据えていたものは、より原始的な時代の地球の姿だったのである。当然、そこで生まれたとされる最初の人間達のことも視野に含まれた。 ここにきて彼らは、何人も到達し得ぬ究極のエピックメタルの領域にたどり着いたのである。この集大成的作品はおよそ80分に及ぶ超大作であり、並大抵の気持では聴くことができない。しかし、このアルバムが私たちエピックメタルファンへの至高の作品であることには変わりなかった。創世記に起こった野蛮なる反逆、彼らは常に私たちに自らがどうあるべきか語りかけてきた。それがヴァージン・スティールのエピックメタルなのだった。2010年になっても彼らの活動は衰えることがなかった。この年に発表された第12作『Black Light Bacchanalia』の充実ぶりは、まさにエピックメタルの帝王に相応しかった。彼らはここで一旦「リリス・プロジェクト」を手放し、過去に描かれた一つのテーマを再構築した。キリスト教により古代信仰が弾圧されていく様を描いた凄まじい内容の本作は、ヴァージンスティールの歴史の中で最も暗く重い作品となった。ディフェイが追求したこの重大なテーマは、繰り返す歴史の惨劇と、相容れない世界の宿命を雄弁に物語っていたのである。──ヴァージンスティールの叙事詩的な軌道を描く歴史は、今もなお続いている。また彼らがその歩みを止めようとも、彼らの物語は叙事詩として記される。しかし、私には疑問が一つ残っている。一体何故、彼らは突如として変化したのだろうかという疑問である。変化とは時代の境目に必ず訪れてきた。古代から中世、中世から現代へと移り変わったのもその変化である。剣が銃器に変わって戦場の主導権を握ったのも変化である。また、歴史的に見ても、古代の信仰からキリスト教への改宗も変化のうちである。変化とは何かが終わりを告げ、何かが始まることを表しているのだと私は思いたい。ヴァージンスティーの変化によって、エピックメタルの歴史が確かな歩みを始めた、そして新しい世界に変わり古い世界の一部が蘇ったのだと、そう私は信じたい。以上で、ヴァージンスティールに関する私の筆跡は終る。


Metal Epic, Jun 2011
Cosman Bradley

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